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おかげさまで

以前に日記に書いた、組織の代表との対決。

http://SNS.jp/view_diary.pl?id=1958102946&owner_id=20116861

おかげさまで、非常に良い形で伝わり、

感謝とともに、他にも忌憚なき意見を聞かせて欲しい、と言ってもらえました。

これからしばらくは、ずっとお伝えしたかったことを伝えていくことができそうです。

礼節を尽くし、誠に研ぎ澄ませて研ぎすませて言葉を尽くすと、必ず相手の誠に届き、相手の中の最も高い境地で応えてくれる。

そういう意味で僕は人間というものを楽観的なほどに信頼しています。

そして今回もその通りになりました。

この選択によって僕は境界線を広げてより遠くまでを自分の安全地帯とし、そして自尊感情を獲得しました。

自信や自尊感情というもののベースは「私は存在しているだけで価値がある」という感覚で、これは幼少期の親との関係から与えられるもので、

その部分が不足していたり傷ついていたら、セラピーで癒やしていくことができます。

でも、そういったセラピーで取り戻すことができるのは、自信の「ベースの部分」までで。

そこから先の自信や自尊感情は、自分の誠から発せられる「そこを超えよ!」という声にどこまで勇気を持って従ったか、その積み重ねによって作られるものなののようです。

その声を無視しておいて自信がある、とはどんなセラピーを使ってもできないのです。

自分の内側の誠の声を無視すると心に罪悪感が生まれ、それをごまかすために「俺にはできないわけだから…。」と外側のせいにするとともに、自分の力を失います。

自分に力があるとすれば、その難題を避けた自分の罪悪感に耐えられない。

だから「仕方が無かった」ということにしておく。

そのために自分の力を明け渡す。

人は無意識にそういった裏取引をしています。

そして自分でもなぜ自分が自信がないのか、なぜこんなに自尊感情が無いのか、今となってはその理由もわからない…。そんな状態になっていきます。

でも、取り戻すことはできるんですね。

あ〜。人のせいにして本当は自分の誠に従うのが怖かっただけだった…と。めんどくさかっただけだった…。と。

それを自分に謝罪し、もう一度誠に従い出すと力は取り戻され、被害者ではなくなり、人生の創造者になっていきます。

誠に従う度にちょうどよいチャレンジが訪れて、境界線が広がり活躍できる場が広がり、自信と力を拡大して行ける。

どんな仕事からでも人間関係からでもその道に入っていくことはできるんですね。

ほんと人生は冒険ですね。退屈しそうになったら良いタイミングで課題が来る。

ほんと面白いなって思います。